恋人がいたことがなければ誰かに恋をしたこともない。
友愛、家族愛、恋愛。文字の上での違いはわかるが、いざそれが自分の感情にあてはまるものかと聞かれるとわからない。
私にとってカイは家族。そして命の恩人のひとり。
吸血鬼狩りに家が襲われて、両親と姉が命を落とした。まだ幼かった私は、当時から執事として屋敷で働いていたカイに抱えられて屋敷から逃げ出した。
私だけ、生き残ってしまった。
あの日から何十年、何百年と経った今も、まだ心のどこかであの日自分も一緒に逝っていたらと溜め息を吐く。彼らが私が生き残ることを望んだのはわかっている。彼らが命を賭して吸血鬼狩りたちを足止めしてくれたからこそ、私は今息ができていることも、彼らの死を無駄にしてはいけないことも。
でも。それでも。
「………どうして」
何故生き残ったのが私だったのか。姉は私と違って頭の回転が早く社交的で、おとな相手でもはきはきとものを言うひとだった。私とは十も違わないのに、私ができないことをなんでも当たり前のようにやってのけた。同じ姉妹でも姉の方が遥かに出来がよかったはず。それなのに。
姉との仲は悪くなかった。むしろとても仲の良い姉妹だったと記憶している。姉に嫌われている感じはしなかったし、私は姉が大好きだった。
いや、だからなのかもしれない。
姉が自分の命を犠牲にしてでも私をカイに託したのは。
「…さま、ラルムさま」
はっとして振り返るとドアの近くにカイが立っていた。
私が振り返ると恭しくお辞儀をして、
「お食事のご用意ができました」
「あ…うん、ありがとう」
笑って返事をし、開けていた窓を閉める。カーテンをぴったりと閉めて歩いて行くと、カイは少し心配そうな顔をして呼び止めてきた。「ラルムさま」
「…なにかありましたか?」
思わず足を止めて高いところにある彼の顔を見上げる。
「なにもないよ。ちょっとぼーっとしてただけ」
そう、にこっと笑う。
長いつきあいだからカイに嘘が通じないのはわかっている。けれど過去を思い出して落ちこんでいるなんて、そんな解決しないことを話したところでなににもならないし、なによりカイを余計に心配させるだけだ。
「それより早く行こ。ご飯が冷めちゃう」
カイのご飯大好きだから、と続けながら歩きだす。カイが後ろをついてきているのが微かな足音でわかった。
ちらとだけ後ろを見ると難しい顔が一瞬でいつもの柔らかい表情に戻った。